2009年11月30日 09:33

部屋と宅録とドラッグ / スライ&ザ・ファミリーストーンの伝説 - ジェフ・カリス

スライ&ザ・ファミリーストーンの伝説 人生はサーカス宅録先駆者の数奇なる人生。

[書籍/レビュー]
タイトル : スライ&ザ・ファミリーストーンの伝説 人生はサーカス
著者 : ジェフ・カリス Jeff Kaliss
出版社 : ブルース・インターアクションズ
出版年 : 2009/9

スライ・ストーンの半生を綴ったスライ公認の伝記本。日本で出版された初のスライ本ではないでしょうか。序文を書いているのはジョージ・クリントン。短いながらもスライ本人へのインタビューや寄稿があるというのは貴重です。著者は「『暴動』は70年代のアメリカの挫折を…」というような紋切り型のスライ論に対して否定的で、スライの周りでの出来事だけに集中して書いています。バンドメンバーや関係者へのインタビューを中心に構成された、資料的価値の高い一冊です。

スライの波乱の人生を、誕生から最近の復活の裏側までまんべんなく網羅していますが、残念ながら、表舞台から姿を消していた80年代から90年代についての記述はさほど詳しくありません。一般に知られるとおり、ドラッグの所持や使用で逮捕されたり、リハビリ施設への入退院を繰り返していたことが書かれています。ドラッグ漬けのスライに愛想を尽かして、次々と彼の元を去っていった人々の言葉はとても重いものです。逆にジョージ・クリントンのようにドラッグ仲間としてやってきて力を貸す人もいるわけですが…。70年代にはスライと同じくジャンキーだったマイルス・デイヴィスがスライの元を何度も訪れていたようで、一緒にコカインをやったりセッションをしたりの交流を持っていたそうです。

その頃スライのベーシストとなっていたラスティ・アレンも、ジャズの巨人の奇行を目撃している。(略)「(マイルスが)オルガンをいじり始めて、音を九つ重ねてめちゃくちゃで不思議なコードを弾いたんだ。するとずっと向こうのベッドルームにいたスライが飛び出してきて『どこのくそったれが俺のオルガンであんな音を出していやがるんだ?』と叫んだ。彼は部屋に入ってマイルスを見ると、『マイルス、そこからどきやがれ』と言った。『二度とそのヴードゥー教みたいな音を演奏するなよ』マイルスが出て行き、俺が『今お前が話していた相手は、マイルス・デイヴィスだったんだぜ』と言うと『そんなこと俺の知ったことか』とやつは言ったよ」

例のごとく、自分は機材がどうとかミックスがどうとか、そういう部分にばかり反応して読んでいました。そういう視点で興味深かったのは「Fresh」「Small Talk」のミックス・エンジニアだったトム・フライ(Tom Flye)へのインタビューです。トム・フライは後にカーティス・メイフィールドのアルバムなどを手がけるフィラデルフィアのレコーディング・エンジニアです。

トム・フライは、スライが「Fresh」で使っていたリズムボックスの機種がMaestroの「Rhythm King」であったことを証言しています。

スライがリズムボックスを使ったのは、その電子音に面白味を見いだしたことに加えて、当時のマネージャーが経費削減のためにバンドメンバーをリストラするようスライに進言して、スライとバンドを切り離そうとしていたことの影響も大きいようです。ニワトリが先か卵が先かというのもありますが、全ての楽器をスライ自身が演奏して多重録音する必要が生じたために、テンポを揃えるためにリズムボックスを多用することになったようです。こうして出来上がったのが「Fresh」の独特のグルーヴ感です。

また「Fresh」収録の「Babies Makin' Babies」のドラムは、録音された四小節のドラムのテープを切り貼りしてループさせたものを土台に作られたことが語られています。

「一緒に仕事をしているときに、必ず曲中の一箇所でやつが『こいつはすごいファンキーだ! この四小節は本当にファンキーだ!』って言うんだ。実際そうだったよ。そこでやつが『トラック全体がこんなだったらいいのに』と言うのさ。やつはラフのヴォーカル、『仮歌』を入れたところだった。そこで『どうにかして全部そういう風にできないか?』とやつが言うので、俺は『居残り』をしてその四小節のコピーを二百ばかり作ったんだ。その後カミソリを使ってそいつら全部切ってくっつけたよ。翌日やってきたやつは大満足だった(略)俺が知る限りでは、あれは今でいうマルチトラック・ループが作られた最初のレコーディングの一つじゃないかな(略)とにかくこれはスライが発明したと言ってもいいものの一つだよ。」

完全にヒップホップのサンプリングの発想です。スライはリズムボックスの先駆者であっただけでなく、録音したドラムをループさせてビートを作り出す手法の先駆者でもあったとは。厳密なところを調べれば誰々の方が先にテープ編集でループを作っていた、というのも出てきそうな気もしますが、今のヒップホップやクラブミュージックに直接つながる、ブレイクビーツ的な発想のルーツになっているという点では、ここにルーツのひとつが有るのは間違い無いでしょう。

Sly Stone & Mac Bookスライは2003年に両親が亡くなったことをきっかけに、ロスでのホテルを転々とした半ホームレス生活を切り上げ、故郷にほど近い北カリフォルニアの田舎に引っ越しています。シャロン・ストーン(もちろん親戚ではない)が住んでいたというプール付きの邸宅を借りて、音楽三昧の日々を送っているそうです。今年の夏頃に「今でも生活に困窮して生活保護を受けて暮らしている」というニュースがありましたが(→bounce)、どうやらそれは過去の話で、生活に困らない程度の住まいとお金はあるものの、音楽界にカムバックするための資金には困っている、というのが今の正確なところのようです。

ファンサイトを作っていた大学生を自宅に招いて、ウェブサイトの作り方やコンピューターの扱い方を教わったりと、スライは今でもテクノロジーの吸収に熱心です。最近はKORGのキーボードを買って(1万5000ドルもしたらしい。どの機種?)、一日中その前から離れずに曲作りに勤しんでいるそうです。著者とのインタビューの中で「君のアルバムの中で最高のものを選ぶとしたら?」と訊かれたスライの答えは、「次のやつさ」。

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Review : 2009年11月30日 09:33

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