2009年11月08日 09:38

TKもすなるオーディオオカルトの世界 / 罪と音楽 - 小室哲哉

小室哲哉 罪と音楽詐欺事件で逮捕された小室哲哉が、裁判後に出版した告白本。

[書籍/レビュー]
タイトル : 罪と音楽
著者 : 小室哲哉
出版社 : 幻冬舎
出版年 : 2009/9

ファンでもないですし、特別な思い入れもないのですが、これが意外に面白い本でした。

この「罪と音楽」、詐欺事件の裏側や転落人生について書かれた本かと言うと、そういう記述は半分くらい。ルパート・マードックとの合弁事業の話や闇社会との繋がりについてもっと読みたかったのですが、あわせて1ページに満たない程度の記述しかありません。

面白いのは残り半分、小室哲哉が自分の作ってきた音楽や、当時の日本の音楽シーンを振り返る、事件とは関係の薄い事柄について書かれた部分で、詐欺事件についての部分が「罪」パートだとすると、こちらは「音楽」パート。自分の話に限らず、今の日本のポップスへの批評、つんくとの共犯関係、CMタイアップ曲のBPM理論、歌詞作成術、お笑い芸人論、TMネットワーク時代のライバルバンド(BOØWYとレベッカ)など、クリエイティブ論からビジネス論まで、話題は多岐に渡っています。

中でも個人的に面白かったのは、ちょろちょろと顔を出す小室哲哉のオーディオ・マニア/オーディオ・オカルトな一面。「そのことをここまで丁寧にこの本に書いて何の意味があるの?」というような内容がいくつもあって、読んでいて心にひっかかりました。この小室哲哉のオカルト・カルト面は、聴き手側のものではなく作り手側のもので、いうなれば、工場の敷地内に神社が建っているような感じです。親族友人を無理に勧誘したり、社会との摩擦を起こしたり、金銭トラブルになったりしない限り、本人が納得した上で気分よく音楽を作れているなら、周りがとやかく言うことでは無いとは思います。

エピソードをあげると、裁判で浪費癖を指摘されたことに対して、当時は金銭感覚が麻痺していた、と本の中に繰り返し反省の言葉を綴っているのですが、以下の一点についてだけはどうしてもゆずれなかったのか、反論を述べています。

ロスに6億円以上、バリ島に約2億円の住宅を買ったことも明かされた。ただ、ハワイの住宅は、レコーディングスタジオとの兼用だ。家具には何のこだわりもなかったが、スタジオのシールド(コード)類はこだわった。オーディオマニアの人なら誰でもご存じだろうが、たかがシールド、されどシールドだ。たった一本で100万円以上するものもある。当然のように僕は、シールドの中を音が流れるわけだから、そこで音質が劣化しないよう、最高品質のものを指定した。シールドについては、今でも無駄遣いだったとは思わない。

ゴールデンオーバルシールド Analysis Plus出ました定番アイテム、一本100万円を超えるシールド。とはいえ、いいスタジオだと、こういう高級シールドを使うのは珍しいことではないので、反論したくなる気持ちも少しはわかります。でも、自分の金で買うなら何を何本買おうが問題無かったんでしょうけど、制作費を前借りして借金を数億も抱えた上でこれをやっちゃぁ、金を借りた相手から無駄遣いと怒られても仕方ありません。

逮捕と時期が重なったために発売中止になったglobeのシングル「Get Wild」について、その制作の中で試みられたという実験について書いています。その実験とは「すべてをデジタル録音しながら、最後に一回だけアナログテープに落とす」というもの。「録音テープは2コースだけの水泳のプールで、第1コースに右のスピーカーから出てくる音、第2コースは左側の音が入っている」と、テープをプールに例えながら、次のように丁寧に説明します。

コース(トラック)は、隣接しているから、干渉し合うことになる。具体的には、第1コースを泳いだときの波が第2コースに伝わる。その逆も起こる。テープ上でいうと、右チャンネル用のトラックに記録した音が、隣の左チャンネル用のトラックにじわじわと滲み出す。もちろん同時に逆の現象も起こる。この音の滲みは、時間とともに進行し、録音してから1日か2日すると、かなり進む。だからテープを再生すると、録音したばかりの音と1日経った音では、明らかに違う。これはある意味、録音テープの構造上の欠陥であって、デジタルでは100%起こり得ない現象だ。だから、今この時代、あえて試みた。

自分もMTRとカセットテープで音楽を作っていた時期があるので、「右トラックに入れたはずの音が左トラックからほんのり聴こえる」という現象は知っています。安いカセットテープMTRだから起こることだと思ってました。アナログの質感を求めてデジタルで作ったものを最後にアナログテープに、というのも特に珍しい手法ではないのですが、テープ上ではプールの波ほどの大きな効果は得られないんじゃないでしょうか。一晩寝かせると明らかに音が違うとは、翌朝食べるカレーがおいしい、みたいなワクワクする話ではあります。

同様に、CDプレス工場ごとの音の違いを説明しています。

同じCDでも製造(プレス)工場によって、商品の音が違うのをご存じの方は少ないだろう。ここで具体的な曲名やアルバム名を出すと、どこの工場が悪いかわかってしまうので伏せるが、経験上それは事実だ。例えば100万枚まではA工場、その先はB工場で製造する。あるいは50万枚ずつ、C工場、D工場、E工場に振り分ける。そうすると、完成品の音質が明らかに異なる。とても気持ちのいい音の商品と、微妙に気持ちの悪い音の商品が出来てしまう。その差は、海外の工場を使うと、さらに顕著になる。

真偽を調査しようにも、100万枚売る大ヒットCDを一気にプレスするような環境の人でなければ難しい事例です。配信時代の今となっては夢物語、90年代の小室哲哉クラスじゃないと経験不可能な、貴重な証言です。

これもいかにもオカルトっぽい話ですが、実はときどき言われる話で、元・電気グルーヴの砂原良徳が、アルバム「LOVEBEAT」をリリースする際に、一番音の良いCDプレス工場の製造ラインを求めて工場を回った、という逸話があります(出典はbounceのコラム?)。山下達郎もそういう事をやっていると聞いたことがありますし、ガッキーこと新垣結衣も、CDを出す際にはプレス工場をチェックするこだわりを見せています(→Link)。実際のところ、どれくらい音に違いが出るものなんでしょうか? そもそもどういう仕組みで違いが発生するのでしょうか? 興味深い。

プレス工場による音の違いについて、小室哲哉はさらに思索を巡らせます。

こうした工場による音質の違いが、CDの売り上げに影響をおよぼしたケースもあったんじゃないかと思っている。ヒットCDなのに、なぜかこの地方、この地区だけ、売れていない…?その場合、追跡調査をしてみると、某工場で製造したCDが出回っていた、なんてことがないとはいえない。音楽はそれほど微妙で繊細なものだ。

買う前にそのCDを聴いて音質をチェックできるなら話は別ですけど、多くの人にとって、さすがにそこまでは音楽は繊細なものではないんじゃないでしょうか。プールの話も、この工場の話も、「その説明をここまで丁寧にこの時期のこの本に載せて、いったいどうしたいの?」と奇妙に感じましたが、これを語らずにはいられないのが、彼の音楽家としてのサガなのでしょう。今でも根っからのミュージシャンであって、ビジネスマンでも詐欺師でもない、とアピールしているようにも読めますが、少しポイントがずれているような気もします。

ガンダムTシャツ ユニクロこのように、オカルト・カルト的なレベルの音質へのこだわりを随所にみせているのに対して、作曲へのこだわりについては、具体的なものは本書ではほとんど語られていません。歌詞については、自分のヒット曲の歌詞と昨今のケータイ小説を比較しながら面白い分析をしていますし、プロデュース術についても、章を立てて細かい所までノウハウを披露しています。でも、あの小室哲哉独特の転調については「またの機会に」と回避していて、使っている楽器についても、数千万円する電子楽器シンクラヴィアを購入したという話以外には登場しません。逆説的に、語らないことで、ミュージシャンとしての変わらぬ大きな自信を表現しているようにも取れます。まだ終わっちゃいませんよ、と。

本の締めには、再ブレイクへの展望が語られています。エイベックスの50人のアーティストをプロデュースして、50曲を同時にリリースする、というプランはよいとして、ヒットを出すためには社会をとらえる事が必要だ、として今の社会を分析しているのですが、その内容は「今はインターネットの時代だが、次は地デジの時代、テレビの逆襲が始まる。地デジ時代のスピード感が必要」というもの。これには彼のプロデューサーとしての感度の衰えを感じざるを得ませんでした。

でも、そういえば小室哲哉がネットに飛びついたのは結構早い時期だったですし、「次はトランスが来る!」と言っていた実績もあります。その目利きを信じるとすると、2011年にテレビの逆襲というのも間違いとは言いきれないのかもしれません。いや、さすがにそれは無いか。いや…。

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Review : 2009年11月08日 09:38

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