2012年07月06日 17:04

Deadmau5「テクノ(EDM)のライブはみんな再生ボタンを押してるだけ」論争に考えるテクノのライブ

デッドマウスさん。

カナダ人のテクノ系アーティスト、Deadmau5さんが「テクノ(EDM)のライブはみんな再生ボタンを押してるだけ」というようなことを言って、ちょっとした騒動になっています。

ことの発端は下の米ローリングストーン誌のインタビュー記事。拙訳失礼。

■ On the Cover: The Rise of Deadmau5(rollingstone)

David Guettaは2台のiPodとミキサーを使ってトラックを再生させてるだけだ。「これはAkonとの曲だ。チェケラ!」って感じ。Skrillexだって技術的に難しいことは何もしていない。ノートPCとMIDIレコーダー(注:MIDIコントローラーの誤記?)を使って彼の曲を再生してるだけ。みんな(リスナーは)賢くなって誰が何をしてるか分かるようになってきてはいるけど、いまだにボタンプッシャー(再生ボタンを押すだけのアーティスト)達がライブで50万ドルを稼いでいる。まあ自分がボタンプッシャーじゃないとは言わないけどね。俺は他よりたくさんのボタンを押してるだけだ。

Deadmau5「EDM(Electronic Dance Music)」というのは、アメリカで「(日本で言うところの)テクノ」を指す言葉として古くから使われてきたジャンル名で、最近は派手でハードなダブステップやエレクトロ・ハウス、プログレッシブ・ハウスなんかを指して使われることが多いようです。

さて、上のDeadmau5の発言が「EDMのスター達はみんな再生ボタンを押すだけのライブをやっている」という見出しでいろんな音楽情報サイトに転載されて話題となり、各方面から「手抜きライブをやってるのはお前だけだ!」「私の好きな○○さんはしっかりライブやってるで!」という批判の声があがりました。アーティストの側からも反論のコメントが出てきて、直接Deadmau5にTwitterで議論をしかける人もいますし、この件についてインタビューで焚き付けられて発言した人もいます。Swedish House MafiaのメンバーのSebastian Ingrossoさんです。

■ Swedish House Mafia Defend David Guetta, Dream of McCartney Collaboration(rollingstone)

彼がそう言ったっていうのは面白いな。だって、それはまさに彼がやっていることで、俺達はそうじゃないからだ。俺達は4台のCDプレイヤーとミキサーを6本の腕で終始操作し続けている。そうでなければ自分達自身がライブに退屈してしまうよ。(中略)再生ボタンを押すだけの奴について語りたいのなら、彼らが再生ボタンを押した後にやっていることも見ておかないとな。

これらの反論に対して、Deadmau5は自分のTumblrにFワード連発の長文を掲載。自分はDeadmau5の音楽を積極的に聴くほうでは無いのですが、彼のこういう大人げなさが好きで、いつもDeadmau5のTumblrをチェックしてます。長いので一部分省略して拙訳。拙訳の拙は「つたない」という意味です。

■ we all hit play.(deadmau5)

俺達はみんな再生ボタンを押す。それは秘密じゃない。EDMの「ライブ」パフォーマンスについて言えば、その大部分はあなたにだってできることだ。実際これはパフォーマンスアートのことじゃないし、才能のことでもない(まったく違う)。どのようにライブをやっているのか明かしてしまう俺の事を嫌っているEDMワールドのボタンプッシャー以外の人々にはすべてを知ってもらいたい。

ableton Liveと一般的な音楽技術の最低限の知識さえあれば、1時間も教えてあげれば、俺がDeadmau5のステージでやってるのと同じことが誰にでもできるだろう。それは、世界中のどんなDJでもビートをマッチさせることができるなら「他の誰かさん(名前は出さない)」がEDMのステージでやってるのと同じことをできるのと同じだ。

(中略:Deadmau5のライブセッティングの説明。楽器と照明の操作など。)

「違う!!!俺はそんなことだけをやってるんじゃない、6つのテーブルでこれとこれとこれをやっているんだ」というような反論はもう聞き飽きた…正直言って、だから何だって言うんだ? 俺は「unhooked(注:同期していないという意味?)」なライブセットに対して何も恥ずかしさを感じない…ただノートPCとMIDIコントローラーを広げてトラックを「セレクト」してスペースバーを押すだけだ。abletonのシンク(同期)機能は俺にとってはクソみたいなものだ…だからビートマッチングなんて技は必要ない。俺に言わせりゃ「ビートマッチング」は技ですらない。お前は4つ数えることができる。クールだ。俺は3歳の時からその技を持ってるよ。だからそんな反論はやめてくれ。

俺や他のプロデューサー達の「技」は輝くべき場所で輝く…ガッデムなスタジオ、そしてファッキンなリリース(された音源)だ。それが大切なんだ…なぜならこの大きな「EDM」全体が一過性のファッションになってしまったからだ。アーティストが(ライブのステージ上で)ノートPCを使ってリアルタイムに新しいオリジナル曲を作っている、そんな風に人々が思い込むのを俺は放っておきたいと思わない。俺の知る限り「世界中のトップDJ」の誰1人としてそんなことをやっている者はいない。自分も含めて。

何がEDMのショーをクレイジーで素晴らしいショーにしているのかわかる?お前達だよ。ファン、音楽や照明や他の人達の真価を理解できる人々だ。俺たちはスタジオで作った曲によって素晴らしい照明やあなたのような素晴らしい人々を引きつけるための後押しをするだけ。これはまさにそういうこと。それでも「俺はスタジオの外でも特別な何かをやっているんだ」と立ち上がって言うのなら、それはもうウザいだけだ。

ものすごく乱暴にまとめると「再生ボタンを押すだけだろうが機材並べて複雑な事をやろうが、そんなことより客のことを考えるのが大切、そのためになら堂々とスタジオで準備すればいい」という感じでしょうか。

そして、この文章に対して意外なところから矢が飛んできました。大ベテラン、A Guy Called Geraldさんです。自身のサイト内のブログに「Message to Rat Head」と題して、下のような文章を投下しました。

■ Message to Rat Head(guycalledgerald.com)

お前のことは知ってるよ。お前はこの素晴らしい新世紀のエレクトロニックミュージックの状況に嫉妬した、前世紀に取り残されたレコード会社やジャーナリスト崩れのケツの穴みたいな奴だ。お前やお前の仲間が興味を持っているボタンはパレスチナ人に落とす核爆弾のボタンだけだろ。お前は俺たちが25年かけて育ててきたこのシステムの中にやってきて、お前に金を払ってくれる勤勉な人々を騙し、誠実なプロモーターから金をまき上げ、システムから大金を奪った後には、俺達の顔に唾を吐きかける。お前はみんなを騙してるんだ。お前のようにフェイクなやつらが沢山いることは認める。お前の使ってるソフトウェアを使うのは簡単だ。お前を止める方法を見つけてやるから心配するな。貪欲なネズミ頭のファック野郎め。

Deadmau5がユダヤ人なのかどうかは知らないですが、反ユダヤ的なフレーズで感情的に批判してしまっていて、案の定、彼のブログのコメント欄には「あなたの音楽が好きだったのに、残念です」などのガッカリコメントが数多く書き込まれていて、論争とは別のところで炎上。Deadmau5自身もこの名指しの反論に対しては「バカの相手は時間の無駄」とコメントして、それ以上は何も返しませんでした。こんな感じで論争はモヤモヤっと終了。

Deadmau5という人は極論を打ち上げてはメディアを巻き込んでの喧噪を起こし、最終的にはふんわりと和解して正論っぽい結論を言うというスタイルのビッグマウス芸でやってきた人なので(どこかの政治家っぽい芸風)、真正面から彼の意見にぶつかってもしょうがないと思うのですが、Deadmau5の極論も、アーティストからの反論も、コメント欄に書かれた数々の匿名の意見も、それぞれにいろんな立場から見た真理があって、結果的にとても面白い論争だったなと思いました。自分は7割くらいDeadmau5の意見に共感しました。

ableton live最近は便利なソフトウェアやコントローラーが続々と登場して、ソフトウェア上での即興をパフォーマンスを交えてお客さんに対してアピールできる環境も整ってきました。でも、その即興やパフォーマンスを突き詰めたとして、果たしてその面白さをお客さんにどこまで伝えることができるのか。そこはPCライブ野郎の永遠のテーマとして自分自身もよく考えるところです。

例えば、ロックミュージシャンがギターを使ってピロピロピローッと弾けば、ギター経験者でもそうでなくても、その人が今どの音を鳴らしていて、指や腕がどう動いたらどういう音がでてくるのか、視覚/聴覚やこれまでの経験から簡単に認識できるわけです。では、テクノのライブでMIDIコントローラーのボタンを高速でビシビシビシッと押しまくって複雑にドラム音やサンプルを抜き差ししたとして、演奏者以外はギターの時のようにそれを認識して楽しむことができるのか。自分はそこは懐疑的で、「おー!何やってるかわからんけどスゲー!」となってるのは最初の数分だけなんじゃないかと思ってるんですけど(もちろん人によるし音楽の内容による)、だからといって再生ボタンを押して後はステージで飛び跳ねながら時々エフェクトかけるだけっていう割り切りもできません。ツマミひとひねりが大切な場面もあれば、腕を振り上げてお客さんと視線を交わすことが大切な場面もあります。PCライブ野郎の皆さんの多くが、そのサジ加減に日々頭を悩ませているのではないでしょうか。

ローリングストーン 表紙今、アメリカではEDMが大ブームなんだそうで、ポップスやR&Bの人達がこぞってトランスみたいな曲調の曲をやったり、巨大な屋外レイブが開催されたり、先日のグラミー賞ではEDMアーティストがパフォーマンスするコーナーが設けられたり、上の論争のきっかけとなったDeadmau5のインタビューが掲載されたのも親父ロック雑誌のローリングストーンで、Deadmau5が表紙&巻頭特集です。まさにロックスター。

結局Deadmau5が最初に言いたかったことを勝手に推測すると「EDMはライブパフォーマンスで真価を発揮するタイプの音楽じゃないから、変な虚像を作り上げてロックスターのように扱ってEDM文化をブームとして消費するのはやめてくれ」っていうことで、背景に自分がその渦の中心にいることへの危機感があるのではないかと感じました。

このアメリカのEDMブームが本当に一過性のファッションで終わってしまうのか、逆に日本にも拡大してきて、数年後の年末には日本人EDMスターがパイオニアのミキサーを操作するフリをしながら両腕を振り上げている姿を田舎の茶の間で目撃する事になるのか、怖々ながら今後が気になるところではあります。

最後に、論争に登場した皆さんのライブ動画を貼っておきます。この5つのどの動画のライブ会場に行ってみたいかと言われたら、断然A Guy Called Geraldさんですね(おもに場所的な意味で)。

News : 2012年07月06日 17:04

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